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僕はドイツ人と日本人のハーフで長野育ちです。

当時、長野ではハーフは珍しくて、よくある話だけどいじめられたりしていました。

今回のエントリはいじめについて書きたいわけではなくて、そういった事象も含めて僕が感じていたハーフ特有とも思える感覚について書きたくなりました。すごくパーソナルな内容ですね。

まずはいじめについて触れておく。

僕はハーフの中でも外国人顔だし、名前が「マーティン」だから結構目立ちました。幼稚園の頃は何もなかったんだけど、小学生になって思春期を迎える頃になると、異質なモノに対して反応するじゃないですか? 僕はいつからか「アメリカ人」って言われていじめられるようになりました。

僕は「アメリカ人」だって言われると、「違う!僕はアメリカ人じゃないドイツ人だ!」って泣いて怒っていたらしい。怒る所違うだろうw 大人になってからはそういう言われてもなんとも思わないけど、小学生の頃は結構きつかった。「アメリカ人」とか「外人」って言われるとそれがトリガーになって泣いてた。一番ひどかった時期は毎日泣いてたんじゃないかな。

それは学校だけではなく、小さい子供がいきなり「うわー殺人鬼だ―」とか言ってきたり、御婆さんが「爺さんの敵だ!」くらいの目つきで睨んできたり、なんだか良く分からない理不尽な事もあった。学校の先生も普通に差別してきたしねー。今思い出したけど、ちょっと好きだった子に外人だからってファーストコンタクトで露骨に避けられたりもした。あれはトラウマもんです。

あと、かばんを焼却炉に捨てられた事もあったらしく小学校で問題になったらしい。これについては最近母親から聞いて、僕自身ドン引きしたくらい覚えてないw 人間は生きていくためにつらい記憶を忘れる能力があるみたいな話を聞いた事があるけど、そういう事なのかもしれない。

そんなわけで全うな「いじめられっこ」だったみたいです。いじめが一番ひどかったのは小学校で、中学・高校と徐々に和らいでいった。僕自身も徐々に耐性がついて受け流せるようになっていったのかもしれない。ちゃんと友達は居たし、昨今のいじめほど陰湿でもなかった。

これらは「いじめ」というよりも「差別」という言葉の方がしっくりくるものだと思う。

大人になって東京に出てきてからは、ハーフのメリットの方が多くなったからなんとも思っていません。むしろ謳歌してきました。ただ、深層心理や僕の人格形成には影響を及ぼしているんだろうなとは思う。

ハーフという特殊なアイデンティティ

僕が書きたかったのは差別されて辛かった~とかではなく「ハーフという特殊なアイデンティティ」についてです。これは僕自身が思春期から二十歳くらいまで思っていた事で、なんとなく思い出したからこのエントリを書いているわけです。

僕の親父はドイツ人です。前にも書いたけど、3歳で離婚しているから親父については思い出もない。母親は日本人です。離婚して長野の実家に帰ってきたタイミングで僕は日本人になりました。

国籍上は日本人。しかし「外人」と言われて差別されるわけです。

子どもながらに「いじめ」ではなく「差別」という認識を持っていた。しかし僕は差別されても母親は差別されていない。その事実は子どもながらに悩みました。それが原因で母親にひどい事を言った事も一回ではなかったです。

自分は何者?アイデンティティについて考える。

こんな外国人顔の僕ですが、ドイツ人から見るとやはり生粋のドイツ人には見えず、オリエンタルな顔に見えるらしい。つまり僕はどちらの国でも、パッと見て同じ民族とは思われない。これはいよいよハーフとしか分かりあえないのか?そんな風に考えたりもしました。

ハーフに生まれた事が、より日本人について考える時間を与えてくれたし、アイデンティティについて考える時間が普通の日本人よりも多かったのではないかと思います。在日韓国人の友人ともこういったネタは盛り上がるし、結局アイデンティティについて考えると言うのは、それが脅かされるから考えるわけであって、そういう事なんだろう。

ただ、今まで色々な国とのハーフと話をして「あなたは欧米とのハーフだからまだ良いじゃん」って言われたりした事もあります。そうかもしれない。なんだかんだ言って日本人は欧米人に対してある種の憧れをもっている。それに対して、アジア人などを下に見る空気は確かにあった。

その当時においてのマイノリティ

今、日本ではハーフという人種は市民権を得ている。芸能人やモデルにもハーフばかりで羨ましがられる事も多い。「ハーフで羨ましいです」なんてよく言われたりするし「いいでしょー!?」なんて返したりしています。

結局、僕が育った頃の長野ではハーフはマイノリティであり、小さい社会では異質として扱われていた。日本人のグローバル化の先駆けとして、ハーフという新しい存在が日本社会に入ってきたタイミングであって、時代の移り変わりだっただけなのかもしれない。

オチも無いけど、こういうチラシの裏に書きなぐるような文章は深夜に投下するって決まっているから、投下してもう寝るよ。

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